イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

植物と人々の暮らし(1)

東京学芸大学 名誉教授・植物と人々の博物館 研究員 木俣美樹男
▼植物と人々の博物館▼
http://www.ppmusee.org

正月歳神様を寿(ことほ)ぐ植物

 正月には歳神様を家にお迎えします。そのために美しく縁起の良い草木を飾り、言霊で寿ぎたいのですが、真冬ですから咲いている花はほとんどありません。そこで若々しい茎葉や美しい実付の枝を用います。
 門松には松、竹、梅、葉牡丹(はぼたん)などを寄せ植えします。葉牡丹はキャベツの変種ですが、ロゼット葉が美しくボタンの花のように見えます。南天(なんてん)の実付や早咲きの福寿草(ふくじゅそう)も、「難転」や「福寿」の言霊のために縁起が良いのです。床の間には富を象徴する縁起物として、赤い実をつける万両(まんりょう)や千両(せんりょう)を飾ります。このほかに百両(からたちばな)、十両(やぶこうじ)、一両(ありどおし)もあります。お飾りの鏡餅の下には「常に芽が出る」ウラジロ(シダ植物)と「次代に継ぐ」譲葉(ゆずりは)を敷き、上には「代々栄える」橙(だいだい)の実を載せます。
 祖霊の訪れる小正月、関東地方の山村では秋の畑作物の豊穣の予祝儀礼として、門男(かどおとこ)を家の入り口に飾り、アーボ・ヘーボ(粟穂稗穂)、俵神(たわらがみ)、繭玉(まゆだま)を家廻りや床の間、台所などにも飾ります(山神が秋の畑の豊作を約束するように、ヌルデの木で模造した門男は粟穂・稗穂や鍬(くわ)・鎌を腰に差し、穀物俵は俵神を、餅で模造した繭玉は蚕の繭を象徴している)。これらの材料は、山から伐ってきたヌルデ、ヤマボウシ、ツツジ、タケ、フジです。正月飾りは、無病息災を願ってどんど焼きで一緒に燃やし、この火で団子を焼いて食べると風邪を引かないそうです。
(2021年1月号掲載)

春に招く桃の節供(せっく)

 弥生、旧暦3月ともなればもう春です。梅や水仙(すいせん)、万作(まんさく)や蠟梅(ろうばい)に続いて、次々と花々が咲きます。その中でも色彩が艶やかなのは、なんといっても花桃(はなもも)でしょう。桃の節供にはお雛様に添えて花桃を飾り、蓬(よもぎ)の草餅を供え、白酒で娘たちの成長を祝います。
 神話では桃の木は鬼を見張り、果実は鬼神をも退散させます。昔話の桃太郎の鬼退治の旗印は桃の果実です。桃が仙木であるのは、その花が陽気で明るく、果実も仙果と呼ばれるほど栄養価や薬功があるからです。桃という字の兆は、種子を宿す仁核がふたつに割れる様(さま)で、吉凶を占う兆しと見ることができます。中国では隔絶された山中の理想郷を「桃源郷」と呼び、桃花の流れる水を飲んで300歳の長命を得たとの伝説があり、そこから延命を願う桃花水、桃花酒が生まれ、さらに日本に伝わってから、娘たちの健やかな成長と長命を願う白酒に転化しました。
 草餅は、蓬の若芽を餅に練り込んで作ります。蓬にも魔除けの力があると信じられています。香りが強く、早春の野菜不足を補う栄養と薬功もあります。菱餅(ひしもち)は菱の実を児の魂として模したのだそうです。
 桃の節供は農耕生活の大切な節目の時期にあり、終日遊び暮らして、五穀豊穣を願ったのが本来の意味です。過剰に便利な暮らしを省みて、自然に感謝し家族が寄り添って、遊び暮らす一日も大切です。
(2021年3月号掲載)

五月晴れ端午の節句

 こどもの日は、国民の祝日として端午の節句に定められています。その趣旨は、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する※ 」ことであるとされています。この節句には鯉幟(こいのぼり)を立て、武者人形を飾り、粽(ちまき)や柏餅を食べ、菖蒲湯(しょうぶゆ)に入り、子どもたちの健やかな成長を願います。菖蒲湯は、薬狩りの行事より発したもののようです。
 この日に食べる餅は、モチ米(イネ、アワ、キビ)を笹や藺草(いぐさ)で包んで蒸します。柏餅は餅に小豆餡(あん)を包み、さらに柏の葉で包み蒸(ふ)かした和菓子です。
 菖蒲湯は、サトイモ科の菖蒲とキク科の蓬(よもぎ)を一束にして風呂に入れます。とても良い香りに心身が満たされます。菖蒲は、この季節に咲くアヤメ科の花菖蒲とは異なる水生植物です。菖蒲と花菖蒲が共通しているのは、長い葉が刀剣のような形をしていることです。そこで菖蒲は「尚武」に音通(おんつう)し、武芸の奨励を表しています。
 菖蒲も蓬も、病気や災厄を払う薬用植物でした。古来、贈答された薬玉には菖蒲や蓬のほかにセンダン科の楝(せんだん)なども用いられていました。楝の樹皮には苦みがあることから邪悪を払うとされており、インドでも奇跡の植物として別属のインドセンダン(ニーム)が薬用で使われるほか、その樹下は快適な木陰としても親しまれています。
(2021年5月号掲載)

※ 国民の祝日に関する法律第2条

星に祈る七夕祭り

 彦星と織姫が、七夕(棚機(たなばた))の旧暦7月7日にだけ会うことができるという伝説は紀元前の中国で生まれました。また、種々の願いが叶うという伝承もあります。中でも織姫にあやかり、女性が機織りや裁縫の上達を願う風習が盛んになりました。この伝説は日本に伝わり、万葉集に多くの歌が詠まれ、平安時代には宮中に祭壇を設けて裁縫の上達を願いました。その後、室町時代には梶の木に歌の短冊を結びつける習慣が生まれました。また、二星をなぐさめるための花合(はなあわせ)※ が花を観賞して楽しむ行事になったのもこの頃です。撫子合(なでしこあわせ)は秋の七草のひとつを七日盆に祖霊の依代(よりしろ)として、夏から秋への盆行事の入りの日としたと考えられます。今は新暦を用いているため、梅雨に重なり天の川を見ることがなかなか叶いません。
 七夕に笹竹が用いられるようになったのは江戸時代からで、この風習は寺子屋の普及によって勉学の上達を祈って広まり、この日は里芋の葉にたまった朝露を集めて短冊で習字をしました。笹竹が神の依代として立てられたのは、その旺盛な成長力に神性を見たからでしょう。竹は弓に、笹は矢に使われ、弓矢は魔に対抗する手段であるため神事に用いられます。関東地方では竹を田畑に立てるところもあり、畠(はたけ)の初物やそうめんを供えることから、畠作物の神祭りと関係があったと思われます。
(2021年7月号掲載)

※ 草花を出し合い、またその花を趣向に和歌を詠んで、それらの優劣を左右で競い合う風流な遊び

菊薫る重陽

 9月9日のことを「重陽(ちょうよう)」というのは、陰陽道(おんみょうどう)で※1 奇数は陽の数であり、「9」という陽の数が重なる特別な吉祥の日だからです。菊が咲く頃であることから、菊の節句とも呼ばれています。中国では漢代から、菊の花を飾りその花びらを浮かべた酒を酌み交わし、邪気を払って長寿を願い、祝いました。現代では、高齢者の日と定められています。
 日本にも多くの菊が生育していますが、園芸植物としての菊はシマカンギクやチョウセンノギクから品種改良されたようで、8世紀頃に中国から伝播しました。菊は植物の生育が旺盛な夏の終わりに、清涼な香りをもって咲き競います。菊の宴では、菊合わせも行われました。菊の花に綿を着せ、朝露で湿らせ、その綿で肌を拭い、不老長寿を願いました。菊の節句に菊花酒を飲む風習は、平安時代からです。菊の花の紋章は鎌倉時代以降に用いられるようになったそうで、日本のパスポートにも菊花紋が印字されています。
 菊細工は江戸時代に巣鴨から始まり、現在も菊花展や菊人形展などが催され、品評会も行われています。9月の歌舞伎は舞台に菊畑を誂(あつら)え、菊にちなんだ演目を選びます。
 農村では旧暦9月は稲の収穫が終わり、おくんち※2 などの秋祭りが行われます。新穀で餅を搗(つ)き、甘酒を作って祝います。
(2021年9月号掲載)

※1 陰陽五行説による占いの体系的な方法
※2 九州北部で重陽の節句に行われる秋祭り

花のように生きる

 画家のフィンセント・ファン・ゴッホは、弟テオへの手紙の中で、浮世絵師について次のように書きました。「たった1茎の草がやがては彼(北斎や広重)にありとあらゆる植物を、ついで四季を、風景の大きな景観を、最後に動物、そして人物像を素描させることとなる。かくも単純で、あたかも己れ自身が花であるがごとく自然のなかに生きる」と。
 フィンセントが繊細に感じ取った「花のように生きる真の日本人のやまとたましひとは何か」について、民俗学者の櫻井満は次のように応じています。「やまとたましひとは本来、心の持ちかた、思慮分別、ようするに事に処して行く才能を意味していたのです。日本人独特の魂のはたらきも、学才を基礎としないと適切十分に発動できません。やまとたましひはまことに平和でのどかな心のはたらきでありました。日本人にとって花とは神の依代(よりしろ)で※1 あり、そこに日本人は神意を見出し、前兆・先触れとしていました」。
 花々を観賞する美意識が生まれ、この美意識が花合(はなあわせ)や※2 花見の遊行、華道や茶道などの諸芸道に結実したのです。正月、雛祭、端午(たんご) 、七夕、重陽(ちょうよう)と、四季を彩る花々が家族の幸せとともにあり、晩秋には山茶花(さざんか)や貴船菊(きぶねぎく)が咲き、紅葉を愛でることもできます。素のままの美しい暮らしの幸福を温かく感じ、人世の日々を楽しく過ごしたいものです。
(2021年11月号掲載)

※1 神霊が乗り移るもの
※2 草花を出し合い、またその花を趣向に和歌を詠んで、それらの優劣を左右で競い合う風流な遊び

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