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Wed

10/25

2023

満月を仰ぐ紫苑(しおん)

 菊は、秋を彩る代表的な花です。庭園や社寺の菊祭では、黄色や赤色の大輪の花々がさまざまに仕立てられます。菊人形が小菊を纏(まと)うのは、江戸の園芸文化の粋でもあります。一方、秋の山々は多くの野菊によって彩られます。中でも紫苑は切り花にも用いられ、月見には薄ススキの花とともに供える風習があるので、「十五夜花(じゅうごやばな)」とも呼ばれています。
 野菊と言えば、小説『野菊の墓』には、可憐な民子を花に譬(たと)えた「民さんは野菊のような人だ」という有名な一節があります。作者の伊藤左千夫が住んでいた本郷館※ には、私も下宿していたことがあります。また、石川淳の『紫苑物語』では、歌の名家に生まれた国司である宗頼が、弓矢の腕前を上達させ、次々と人を殺し、その跡に紫苑を植えさせます。そして、かつて狩で射た小狐の化身が宗頼にこう言いました。「草は秋ごとに花をつけて、ひとの目にあたらしく、いつの世にもわすられず、これを文に書きのこすよりも、たしかなしるしでございませう」と。
 そして、紫苑は古くから薬用としても利用され、中国最古の薬物学書『神農本草経』の中品にも収載されています。紫苑の根や根茎を乾燥したものを、漢方では鎮咳(ちんがい)、去痰(きょたん)、利尿薬として用います。
 紫苑の花言葉は、日本では追憶、君を忘れない、遠方にある人を思う、西洋では忍耐、繊細、優美、愛の象徴などです。

※ 明治時代に東京都文京区に建てられた下宿屋で、2011年に解体された

東京学芸大学 名誉教授・植物と人々の博物館 研究員木俣美樹男

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