イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

歯の健康は、心と体の健康

鶴見大学 歯学部 臨床探索歯学講座 客員教授(執筆当時) 広田一男

「8020運動」

 80歳で20本の歯を残すという「8020(はちまるにいまる)運動」が、平成元年から当時の厚生省と歯科医師会で始められ、その後も着々と進められてきました。近年、ようやくこの運動が国民にも広く知られるようになりました。平成元年の厚生省「成人歯科保健対策検討会中間報告」には、残存歯が20本あれば食品の咀嚼(そしゃく)が容易であることが記され、この運動の有用性が示唆されています。歯を喪失した場合は、歯の喪失→咀嚼能力の低下→低栄養→栄養状態の悪化→身体・精神機能の低下→身体活動量・体力の低下という負の連鎖となり、最終的には健康寿命の短期化につながります。たとえ入れ歯でもよく噛(か)めるようになると、痴呆症の改善や寝たきりの方の回復傾向が見られるということを、身近な例としてご存知の方もいるかもしれません。
 しかし統計というのは面白いもので、女性は長生きなので性差はこの傾向を超えてしまい、男女を一緒に解析すると前述のような結果が出ないこともあります。80歳の平均余命を調査した場合、女性は残存歯が男性に比べて少なくても長生きとなるからです。もちろん男女別々にまとめると、咀嚼機能と健康寿命は相関します。一般的に性差、喫煙、肥満度など寿命に影響する因子を考慮し同グループ内で比較すれば、よく噛めることが健康寿命によい影響を与えるのは歴然です。
(2015年1月号掲載)

子どもの歯を守るために~虫歯は感染症

 虫歯はストレプトコッカスミュータンスといわれる虫歯菌が砂糖を取り込んだときに酸を出し、歯質を溶かす病気です。つまり、虫歯を発症するのは、「虫歯菌の存在」、「砂糖の摂取」、「歯質の抵抗性が低いこと」の3つの要素が重なるときです。
 虫歯菌は、生まれたての赤ちゃんの口の中にはいません。家族からの口移しの食事やキスなどで感染する感染症です。虫歯の多い親は虫歯になりやすい菌叢(きんそう)※1 があると推定されるため、口移しの食事に気をつけるなど、お子さんへの虫歯菌の感染に注意する必要があります。一方では虫歯のない親は虫歯を発症させにくい菌叢の場合が多いと思われるため、安心です。親は虫歯をしっかり治療して、歯磨きをし、口腔内の虫歯菌の減少に努力することが、お子さんの虫歯発症を抑えるために肝要です。
 乳歯のエナメル質は永久歯と比較して大変やわらかいので、虫歯にかかりやすく、また薄いので菌がすぐに広がりやすいです。乳歯が虫歯になった環境で永久歯が生えてくると、永久歯も虫歯に感染しやすくなるのは当然です。万が一、乳歯が虫歯になった場合には治療しておくことも永久歯の虫歯を防ぐためには重要なポイントです。赤ちゃんへの「お食(く)い初(ぞ)め※2 」では、祖父母や親戚の中で口腔に虫歯のない人が箸をとって、赤ちゃんに食べさせる習慣を新たに広めたいものです。
(2015年3月号掲載)

※1 ある特定の環境で生育する一群の細菌の集合
※2 新生児の生後100日目に行われる儀式

子どもの歯を守るために~予防習慣を身につける

 日本の子どもの齲蝕(うしょく)※1 が減少傾向にあり、小学生の虫歯がめずらしくなってきたことは喜ばしいかぎりです。その理由としては、母親学級などでの啓発、保護者などによる「仕上げ磨き」、3歳時のフッ素塗布など複合的にいくつかのことが貢献していると推測されます。乳歯や生えたての永久歯は成熟した永久歯と比較してエナメル質が脆弱ですので、幼児は虫歯にかかりやすく、虫歯予防には保護者の手助けが重要です。とりわけ、最初に生える永久歯である六歳臼歯(きゅうし)といわれている、前から数えて6番目の位置に6歳ごろ生える第一大臼歯は、咬む歯の中心で噛み合わせにも一生影響します。この六歳臼歯の咬合(こうごう)面は溝が深いために食物残渣が詰まりやすく虫歯になりやすい構造ですから、とくに虫歯の予防に気をつけなくてはなりません。
 生涯虫歯に苦しむか、あるいは抱え込まずにすむかは、保護者のケアが正しいかどうかにかかっています。また、虫歯を予防するためには歯磨きだけではなく、規則正しい食事習慣も重要です。虫歯菌がいると食物から砂糖を取り込んで酸を出し、唾液の緩衝能力を超えると歯を溶かしてしまいます。虫歯菌がいる場合、多数回の食事は唾液の緩衝能力を継続的に超えて歯面を脱灰(だっかい)※2 に傾けます。規則正しい食事も、歯磨き同様に虫歯予防として重要です。
(2015年5月号掲載)

※1 虫歯になること
※2 歯のエナメル質や象牙質からリン酸カルシウムの結晶が溶出する現象

大人の歯を守るために~歯周病を予防する

 歯周病は、虫歯にかからなくても罹患(りかん)します。加齢化に伴い発生する病気の一種ともいえ、歯の周りの軟組織※ の新陳代謝が阻害されて歯と歯肉の間に歯石がつきやすくなり、そこに嫌気性菌が増殖して菌の出す毒素が歯の周りの歯槽骨を溶かしてしまう現象です。新陳代謝が盛んな子どもや若い人には、遺伝的な急性のものを除けば歯周病は少ないです。
 歯周病で怖いのは、歯の周りの組織が常に炎症を起こしていることです。手や足などの皮膚が炎症を起こしている場合に皮膚の上にいる細菌が体内に侵入するように、口腔内細菌が全身に循環することが明らかになっています。古代医学の開祖ともいわれているヒポクラテスが「歯を抜いたら関節炎が治った」という話を残していますが、それが証明されているのです。全身疾患である心臓弁膜症、高血圧、腎盂炎(じんうえん)、低体重児出産、脳膜炎など、多くの病態部位に口腔内のみにいる細菌の発見が相次いでいます。イギリスのリーズ大学からはアルツハイマーにも関係しているという論文も発表されています。
 歯周病の予防には、新陳代謝を促すために歯ブラシによる歯肉マッサージが必要です。歯ブラシの効用は虫歯予防だけではありません。また自分1人では落としきれない汚れもあるので、歯科医院での年に1回以上の歯石除去が必須です。
(2015年7月号掲載)

※ 生体における骨格以外の支持組織

大人の歯を守るために~虫歯を予防する

 虫歯の進行は、負のスパイラルともいえます。その進行は、ホワイトスポット(エナメル質の表面の透明性が欠けたチョーク状の白い部分)の出現→齲窩(うか・いわゆる虫歯の穴)の生成→詰め物→詰め物の周りが虫歯→大きな詰め物→大きな詰め物の周りが虫歯→クラウン(かぶせ物)→クラウンの中が虫歯→歯冠の崩壊(歯根の部分だけが残る)→歯台の作製(継続歯や歯台への、かぶせ物)→歯根破折(歯の完全な喪失)→インプラント、入れ歯などの人工物、となります。
 どの過程でも悪化させないために予防が重要ですが、基本的に歯、特に体内で最も硬い最外層のエナメル質を削除することが歯の崩壊を加速させているのは明白です。すなわちホワイトスポットの段階で適切なプラーク除去、歯磨き、フッ素やカルシウムの供給をすれば、ホワイトスポットは消失するケースが多いので、虫歯の発症前ともいえるこの時期に気づきたいものです。
 また、特に加齢した人は、歯肉の退縮に伴いセメント質が露出して虫歯になる根面齲蝕(うしょく)にも注意することが必要です。根面はエナメル質に比較すると齲蝕耐久性が劣り、ときには知覚過敏も伴います。日頃から朝晩の歯磨き時に口腔内ミラーなどでよくご自分の歯を観察すること、さらに歯科医院で齲窩が出来る前に定期健診を受けたいものです。
(2015年9月号掲載)

コンピューター支援による歯のクラウン作製

 歯科治療も、科学の発展とともに進化しています。コンピューター技術の応用が盛んですが、2014年4月からコンピューター支援によりコンポジット(複合材料)で作製した小臼歯(しょうきゅうし)対象のクラウン(被せ物)が国民健康保険の対象となりました。口腔内で印象を採って※1 模型を起こし、それを三次元計測し、加工機で材料ブロックから削り出すものです。今まで歯科技工士は、口腔内模型を基にしてセラミックスの焼成(しょうせい)をしたり、ワックス模型を作りそれを基に金属鋳造などで補綴(ほてつ)※2 物を作製する職業でしたが、今後はコンピューターで補綴物を設計する職業に変遷していく可能性があります。コンピューターで削り出すという方法により、今まで利用が難しかったジルコニア※3 の歯冠部への活用が可能になってきています。金属より、歯肉にとっては良さそうです。
 また、作製した補綴物の噛み合わせの確認は、咬合(こうごう)器に口腔内模型を装着して行っていましたが、コンピューター画面でのバーチャル咬合器で行う時代も来ています。将来的には咬合シミュレーションが可能となり、口腔内の咬合も各自で確認できるようになるでしょう。しかしどんな時代でも、予防の基本は”口腔保健維持への意識“です。
 今後はIT技術を活用した噛める補綴物で、痴呆症の防止などを含め、皆さんの健康維持のための研究・開発に努めたいと思います。
(2015年11月号掲載)

※1 口腔内の歯の削ったところなどの型を採ること
※2 人工のクラウンや人工の歯など、歯の欠損を補うもの
※3 ダイヤモンドの代わりとして使われるほど、硬く、透明感のある材料

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