イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

多摩動物公園昆虫園だより

多摩動物公園 昆虫園飼育展示係

小笠原のチョウをまもる

 「オガサワラシジミ」というチョウをご存知ですか。国の天然記念物でもあるオガサワラシジミは、小笠原諸島固有種で、羽表面のブルーが美しいシジミチョウの仲間です。外来生物による捕食や、外来植物侵入で植生が変化して餌植物(オオバシマムラサキやコブガシなど)が減少したことなどにより、生息数が激減しました。かつては父島、母島で多数見られたのですが、父島では1992年以降確認されておらず、現在は母島にわずかに生息するのみです。
 多摩動物公園では、2005年より現地と連携し、このチョウの人工増殖に取り組んでいます。これまでに卵・幼虫・蛹(さなぎ)を羽化させる技術、また、メスの成虫から卵を採る技術までは確立しましたが、飼育下で羽化したチョウの交尾技術の確立が課題で、試行錯誤の連続でした。しかしここ数年、毎年交尾に成功して、飼育下で2世代目が誕生し、2016年秋には、多摩動物公園内の新しい非公開施設での試験でたくさんのペアから次世代の幼虫を得ることができました。今後さらに先の世代が安定して得られるようになり、飼育下の個体数が増えれば、いずれオガサワラシジミを昆虫園でご覧いただける日が来るかもしれません。1年中チョウの舞う生態園大温室ももちろん魅力のひとつですが、皆さまの目に触れない希少種の保全活動も、昆虫園の大切な役割なのです。
(2017年5月号掲載)

ゲンジボタルの展示

 多摩動物公園のホタル展示場を歩いていると、「ホタル、光ってないね」という来園者の会話が聞こえてきます。おそらく、優しい光がゆらゆら揺れる光景を期待されているのだと思います。
 ゲンジボタルは6月頃に成虫となり、オスとメスが出会うために発光します。成虫は1週間ほどで寿命を迎えるため、こうした光景は限られた期間しか見ることができません。そのため、動物園ではほとんどの期間が、幼虫の展示となっているのです。ゲンジボタルの幼虫は水中で生活し、巻貝の仲間「カワニナ」を食べて成長します。カワニナを食べる際には、殻からでてきた部分に噛みつき、消化液で溶かしながら食べてしまいます。こうして育った幼虫は、1年で成虫になるものもいれば、2年目に成虫になるものもあるため、常に展示できるのです。
 「成虫が光るところを、どうしても見てみたい」という方は、7月ではなく、6月がよいでしょう。この時期は成虫を展示しており、展示場で発光の様子をご覧いただけます。ゲンジボタルは、日没の2時間後にいったん発光のピークを迎えるため、昼夜を逆転させた展示場では午前中によく発光しています。このほかにも園内では、ホタル観察会も行っています。観察会では飼育員が詳しく解説を行うため、新たな発見もあるはずです。皆さまのご来園をお待ちしています※ 。
(2017年7月号掲載)

※ 開催状況は、多摩動物公園のイベント情報でご確認ください

昆虫と足場

 人と同じように昆虫にも、おのおの好きな姿勢や場所があります。昆虫の場合、獲物の捕らえ易さや、外敵から身を守るということ以外にも、失敗が生命に関わる脱皮や羽化のときに重要な意味をもってきます。
 たとえば、昆虫園で飼育しているオオコノハギスという昆虫は、東南アジアに生息する十数cmもある巨大なキリギリスの仲間です。日本のクツワムシによく似た姿をしていますが、後脚だけが長いクツワムシと違い、すべての脚が非常に長いことが特徴です。この昆虫は姿勢と足場に対する好みにうるさく、こちらが当初用意したとまり木や足場をほとんど利用しませんでした。そのため、以前は頻発する脱皮と羽化の失敗が悩みの種となっていました。
 日々観察を続け、さまざまな足場を作った結果、偶然にも「アーチ状で、自身の体の横幅よりひと回りほど広い幅の足場の上に乗って、触角を後ろ向きにして、脚をわずかに曲げつつアーチを描くように伸ばす」という姿勢が好きなことがわかりました。この足場を用意したことで状況は一変し、すべての個体がここに集まって過ごすようになり、脱皮や羽化の失敗も見られなくなりました。
 昆虫が落ち着いている際の姿勢や場所は、通常の観察ではあまり気にかけることはありませんが、より健全な個体育成には大切な要素なのです。
(2017年9月号掲載)

展示のちょっとした工夫

 動物園や水族館では、生きものを”見せる“ために趣向を凝らした展示を考えます。その生きものの習性や暮らす環境など、さまざまなメッセージを伝えるためには、まず実物を見てもらうことが私たちの使命といえます。昆虫園でも、たとえ生きものがとても小型ではあっても、ケースの中からメッセージを伝えることになんら変わりはありません。飼育係は、環境を生態に合わせたり、昆虫が見えやすい工夫をしたりしながら展示を作っています。しかし人々の目は、「カワイイ」、「どこか変」、「インパクトが大きい」、そんなものに向きがちです。
 先日、昆虫園のある飼育係が、ケース内で木の葉に擬態しているオオコノハムシ(東南アジアに生息するナナフシの仲間)の幼虫展示の前を来園者が素通りしていることに気づきました。隣にはインパクトのある巨大昆虫がいます。しかも、オオコノハムシたちは日中は葉になりきっているので見えづらくて当たり前。それでも担当している昆虫の前で止まってもらいたいと思い、作ったのが匹数の案内表示です。「中に117匹」、これだけで来園者の動線は一変し、口々に数字をつぶやきながら、展示のオオコノハムシを探して数え始めたのです。
 なるほど、頭は使うもの。私たちは、これからもたくさんの工夫を重ねながら、皆さんに生きものの不思議を見ていただきたいと考えています。
(2017年11月号掲載)

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