イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

食で“魚”を愉しむ(4)

古田優

あやかり鯛

 運の良い人を見ると自分もあやかりたいと思うことがありますが、魚には、人気の「鯛」にあやかった名前のものが多くいます。
 江戸時代、武家社会では祝いごとに鯛がよく用いられ、特に高価なものでした。鯛はタイ科の魚の総称で、真鯛、血鯛(ちだい)、黄鯛(きだい・連子鯛(れんこだい)、黒鯛、平鯛(へだい)などを指しますが、そのほかにタイ科ではないのに鯛と名のつく魚が150種類以上いるといわれています。石鯛、石垣鯛、金目鯛、目鯛、甘鯛、舞鯛(ぶだい)、雀鯛(すずめだい)、笛吹鯛(ふえふきだい)、的鯛(まとうだい)などで、外観は鯛とはずいぶん違うものです。ただし一様に味の良いものが多く、まったくの優良誤認というわけでもないようです。
 日本以外に鯛を珍重する国はあまりないようで、オーストラリアでは”死肉を食べる魚“といわれ利用しなかったために、日本人が南方トロール漁※ 場を開発して獲りはじめた際には超大型の鯛がたくさん獲れたとのことです。しかし、鯛も大きすぎると大味で味は今ひとつだったようです。
 長く親しまれてきた鯛には諺(ことわざ)もあり、「海老で鯛を釣る」、「腐っても鯛」などはよく例えに使われます。恵比須顔という例えも、鯛を釣って嬉しそうな恵比寿様からきています。鯛の胸鰭(むなびれ)の付け根には鯛の形をした骨があり、鯛をきれいに食べてそれがどこにあるかを探す食育もあるようです。世代を超えてお世話になっている、ありがたい魚です。
(2016年1月号掲載)

※ 一隻の船で底引網を引いて、魚を捕る漁法

地域独特の魚食文化

 日本在住の外国人に、「納豆は食べられますか」という質問を興味本位ですることがあります。子どもの頃から慣れ親しんだ食品は、少しくらい見ためや臭いに癖があっても美味しくいただけるものです。
 日本には地域によりさまざまな魚食文化があり、同じ日本人でも少し食べにくいものもあります。青森ではフジツボ、北九州ではイソギンチャクを煮物で、新潟や山口では亀の手そっくりの節足(せっそく)動物、カメノテを塩茹でして食べます。くさやや鮒(ふな)のなれ寿司も地域独特の食べ物です。
 広島県の庄原(しょうばら)市では鮫(さめ)を食べます。それ自体は珍しいことではないのですが、この地方では日にちが経って強烈なアンモニア臭のするものを刺身で頂きます。これは生の魚を食べることが贅沢であった昔、銀の採れた島根県から広島県に運ぶ際、入手が難しかった鮫も一緒に持ち込まれたことが始まりでした。鮫の死後、体内の尿素がアンモニアとなり、強いアルカリで菌の増殖を抑制できることを発見して以来のことですが、室温で3週間は持ったとか。今は流通が発達して鮮度の良いものが入手できるようになりましたが、祭りには欠かせない料理であり、広島県の食文化になっています。地域の食文化には変わったものもありますが、自分の故郷の食文化にも特異なところがあるかもしれないと考えて、互いに認め合うべきものなのでしょう。
(2016年6月号掲載)

鯖の伝統料理あれこれ

 鯖(さば)は1年を通して獲れますが、特に秋は脂が乗って美味しく、日本人の食生活には欠かせない魚です。しめ鯖を刺身にするときに、皮目に八重と呼ばれる切れ目を入れてスライスするのは、皮の下にたっぷりと脂があって醤油をはじくので馴染ませるためです。
 青森県沖で最高に脂の乗った真鯖は、産卵のため南下を始めます。青森県や岩手県では水煮缶詰、しめ鯖、塩鯖が作られ、山形県ではひっぱりうどん※ の具に欠かせません。少し南下して銚子に至ると、ご当地の醤油や味噌で味付けした缶詰が作られます。日本海の若狭(わかさ)湾では1匹丸ごと焼いた若狭焼きが作られ、塩鯖が鯖街道を通って京都に運ばれます。
 糠(ぬか)で漬けた福井県の「へしこ」は、珍しい保存食です。和歌山県の辺りには甘酢で調味した押し寿司があります。大阪の押し寿司「ばってら」は昆布で旨みを加え、残ったあらも塩と熱湯で臭みを抜いて船場汁にします。味はだいたい魚体の大きさに比例し、痩せて小さな鯖はロウソク鯖と呼んで価値が大きく落ちるので、乱獲が警告される中、ぜひ大きく育ててから漁獲していただきたいものです。
 南に行くと、腹側に斑点のあるゴマ鯖が多くなります。真鯖より脂が少ないものの上手に活け締めすると美味しく、燻製乾燥すると鰹節のように鯖節になり、かけそばに欠かせない厚みのある出汁(だし)が取れます。
(2016年10月号掲載)

※ 山形県内陸部の郷土料理で、茹で上がったうどんを釜や鍋からすくい上げて、
  そのまま納豆やサバ缶などで作ったタレで食べるスタイルのうどん

伊勢海老の伝統あれこれ

 6月から8月に産卵を終え、体力が戻った今頃の伊勢海老は旬の盛りです。そもそも海老とは、古くから伊勢海老を指す言葉だったとのこと。姿が甲冑(かっちゅう)を着けた武士のように見えることから具足海老とも呼ばれ、戦に出る勇ましい武士を思わせる形から祝儀に使われてきた歴史があります。伊勢神宮の儀式にも用いられ、家庭でも正月などの年中行事に食されるなど特別な扱いを受けてきました。武家社会の鎌倉で、「鎌倉海老」と呼んだのは、伊勢に対抗する気持ちからでしょうか。
 伊勢海老は、主に茨城県以南の太平洋側で広く獲れますが、実は漁獲量1位は千葉県で、伊勢のある三重県は2位となっています。全国の漁獲量は約1,200トンで、養殖ができないため、今後も貴重品の状態が続くと思われます。一方、「姿の伊勢海老、味の車海老」という言葉もあり、味よりも姿が珍重される海老といわれてきました。刺し網という網で岩礁(がんしょう)を囲い、夜行性のため夜間に岩の間から出てきた海老を絡ませて漁獲しますが、ひげ1本、足が1本欠けても価値が半減するため、これを網から外すときは大変に神経を使うといいます。
 では味はどうかというと、刺身では車海老に一歩劣るようですが、頭を入れて出汁(だし)を取った味噌汁ならば「日本のブイヤベース」と呼べるような濃厚な風味があり、世界3大スープに肩を並べられると思います。
(2016年12月号掲載)

鮪の旬

 毎年1月の豊洲市場の初競(せ)りでは、本鮪(ほんまぐろ)1本に数千万円、時には1億円を超える値段がついて話題になります。ご祝儀の意味もありますが、この頃に日本海から北上し津軽海峡を移動する本鮪は、同じく日本海から移動する鯣烏賊(するめいか)をたっぷりと食べて最高レベルの味になっています。
 では、ほかの鮪の旬はいつなのでしょう。スーパーや回転寿司の鮪はいつも同じ印象で、季節で味が変わるとは思えません。また、多くは冷凍流通されていて、いつ獲れたものなのかもわかりません。しかし魚市場の鮪の専門家の話では、そんな鮪たちにもそれぞれに旬があるのだそうです。たとえば10月は目鉢(めばち)鮪が旬で、水気が少なく旨味の濃い赤身は同じ時期の本鮪以上とか。「ヒグラシ(蝉)聞いたら、シビ(本鮪)よりダルマ(目鉢鮪の幼魚)」と言われるほど美味しいとのことです。
 また、手頃な価格で味が淡白なイメージの黄肌(きはだ)鮪は春、さらに安価で色が白くて淡白な印象の鬢長(びんちょう)鮪は初夏が旬です。今年の春、試しにスーパーで小ぶりながらも近海で獲れた生の黄肌鮪を買ってみたところ、歯ごたえのある食感でコクがあり、黄肌鮪のイメージがすっかり変わりました。餌が豊富だったり産卵を控えて栄養を蓄えているときなど、魚の旬の基本は鮪も同じようです。旬の時期に近海で獲れた生鮪を見かけたら、ぜひ食べてみてください。
(2020年10月号掲載)

参考文献:『日本一うまい魚の食べ方』生田與克著 中経出版

えら、わた、うろこを取った魚を買ってみませんか

 10月は鯖(さば)、鰯(いわし)、鮭、秋刀魚、帆立、牡蠣など秋の魚介が出揃います。焼き魚、刺身、煮魚、揚げ物に腕を振るう季節です。近年の魚売り場では「喜んで魚をおろします」という掲示を目にしますが、頼むには少し勇気がいります。高価な魚や大型の魚なら頼みやすいのですが、「鰯をおろして切り身にして」と言うのに気が引けるのは私だけでしょうか。
 一方、切り身や刺身になったものを買うのは効率的ですが、切ってから時間が経っている心配があります。やはり直前に自分でおろしたほうが美味しいですし、満足感のようなものも得られます。それならば丸のままの魚を買って帰ろうかと考えるのですが、台所に残る生臭さや飛び散って流しに張り付いたうろこが頭に浮かびます。そこで、魚売り場で、えら、わた(内臓)、うろこだけ取ってもらうことを提案します。
 魚屋さんの包丁はよく切れるので、お腹から口の下(えらの付け根の下側)まで開いて、えらとわたを取り出すのは容易なので頼みやすいですし、身には包丁が入らないために魚も良い状態が保てます。家に帰って切り身や刺身にすれば台所は汚れませんし、見事な料理ができるようになると達成感もひとしおです。残ったあらは、すし屋のように「あら汁」にできますし、魚の骨はプランターの隅に埋めれば、植物の良い肥料になります。
(2021年10月号掲載)

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