- 日替わりコラム
Mon
4/21
2025
短編「マンハッタン」は、新潮社刊『思い出トランプ』の中では、「かわうそ」など有名な作品の次点に評価される作品ですが、向田さんは主人公の睦男のような、勤め先の倒産などあることがきっかけでどんどん落ちていく人を描かせると、比較する人がいないほど実力を発揮する方です。これは、向田さんがドラマで組んだ演出家(深町幸男、久世光彦、和田勉)にも共通するところがあり、彼らは情感の機微を身体で理解できたため、仕事がしやすかったともいえます。
さて、きっかけはさりげなくやってきます。睦男はスナック・マンハッタンの常連になって以降、何かに取り憑かれたかのように、自分の気持ちをモノに変えてママに貢いでいきます。この軌跡の中で不可解なのは、睦男とママとの関係が深くないことです。短編なので深い描写は省略されたのかもしれませんが、常連客でママの後ろ盾でもある八田とのイザコザはなく、ママと2人で店外でのデートもありません。閉店の原因は、店の不採算と八田が常連であったことが反映されているようです。それを睦男が知ったのは、閉店して2人の関係を知ったあとです。つまり睦男は勝手に入れあげて、無駄に貢いで損をしたわけです。
とかく人間は、不幸な目に遭ったときに、ココロの隙間を何かで埋めようともがきますが、そう簡単には埋まりませんね。
写真技術研究所別所就治
全部または一部を無断で複写複製することは、著作権法上での例外を除き、禁じられています
- アクセス