イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

安富和男先生の面白むし話(8)

日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男

おめでたい昆虫

 飛鳥時代に作られた法隆寺の国宝「玉虫厨子」には、1200匹ものタマムシの前翅(まえばね)がちりばめられています。タマムシは体長約4cm、体全体が金緑色に輝き、背面には赤紫色の縦条2本を装う美しい甲虫です。また、着物が増えるという言い伝えからタマムシを化粧箱に納めて箪笥(たんす)に入れる風習があり、媚薬としても愛用されてきました。
 お正月の遊び「羽子板の羽根つき」は、トンボの蚊退治に因(ちな)んだものです。トンボが蚊を食べてくれると疫病がはやらないという願いから、トンボをかたどった羽根を天空へ飛ばして健康を祈ったのだと言われています。先人たちの科学的な知恵に驚くほかありません。
 3000年に一度だけ咲くと言われてきた「優曇華(うどんげ)の花」は、脈翅目(みゃくしもく)に属するクサカゲロウの卵塊です。絹糸のような柄(え)の先に楕円形の卵がついており、孵化した幼虫はアブラムシを捕食して育つ益虫です。
 岩手県の北上川から南は大分県の番匠川(ばんしょうがわ)に及ぶ各地の河川で、秋にアミメカゲロウ(別名オオシロカゲロウ)が大発生し、橋の上や道に降り積もって雪景色のようになることがあります。不快害虫として嫌われがちですが、長野県戸倉上山田地方では「豊年虫」と呼び、カゲロウの大群は豊年満作を告げる瑞兆(ずいちょう)とされてきました。志賀直哉の随筆にも登場します。カゲロウ大発生の気象条件が豊年に結びつくのかも知れません。
(2010年1月号掲載)

昆虫の耐寒戦略

 温帯や亜寒帯にすむ昆虫は、秋に日長時間の短縮で冬の到来を予め感じとり、越冬の準備に入ります。刺すケムシのイラムシ(イラガの幼虫)は、スズメの卵に似た繭の中で前蛹(ぜんよう)になって休眠し、巧みな方法で厳しい冬を乗りきります。
 低温に強い昆虫の耐寒戦略には、「過冷却」と「細胞外凍結」の2つの方法があります。過冷却というのは、凍るはずの温度でも凍りださない現象です。休眠の前に栄養物質のグリコーゲンをグリセリンやソルビトールなどの糖アルコールに変えて蓄え、これが不凍液として働きます。過冷却状態を保てない低温にあうと、体内に氷ができます。しかし、細胞、組織の隙間を満たしている体液は凍っても、細胞の中までは凍りません。これを細胞外凍結と呼んでいます。
 まず「過冷却」で凍結を防ぎ、つぎに「細胞外凍結」で生き抜くという二段がまえの耐寒戦略です。
 冬季、雪のうえで活動するセッケイカワゲラ(カワゲラ目)やクモガタガガンボ(双翅目)は、低温に適応した酵素系を持っていることがわかりました。これらの昆虫はいずれも、翅(はね)を欠いています。翅を捨てたのは、翅の表面から体温が失われてしまうのを防ぐという戦略だったと思われます。
(2010年1月号掲載)

ブランコケムシ

 公園の樹木、街路樹や庭木から糸でぶら下がったケムシが振り子のように揺れているのを見かけることがあります。その様子をブランコ遊びに見立てて「ブランコケムシ」というユーモラスな名前がつけられました。しかし、昆虫の世界に遊戯はありません。木の幹や枝に産みつけられたマイマイガの卵塊から孵化した300~400匹の幼虫が、口から吐いた糸を利用し、風に吹かれて分散を果たしているのです。遊びではなく生き抜くための真剣な行動と言えましょう。
 ブランコケムシは多食性で、サクラ、ウメ、リンゴ、クヌギ、ブナ、コナラ、ミズナラ、クリ、ハンノキ、ニレなど100種以上に及ぶ樹木の葉を食べ、ときに山林や果樹園に大発生して大害を与えます。成熟したケムシは体長6cmに達し、背面の赤褐色や瑠璃色の瘤(こぶ)には毛束を密生しており、見るからに怖そうです。ドクガ科に属してはいますが、毒針毛(どくしんもう)による皮膚炎は起こしません。しかし、毛が硬く鋭いので、肌の弱い人は皮膚に突き刺さって痛い思いをした事例もあります。
 成虫は年1回出現し、淡褐色のメスに比べて黒褐色のオスは、昼間も活発に飛翔します。飛ぶ姿が舞いを舞うのに似ているところから、「舞舞蛾(マイマイガ)」という標準和名で呼ばれています。幼虫はブランコ、成虫はマイマイ、どちらも面白い名前のついた虫です。
(2011年1月号掲載)

昆虫の色素色と構造色

 昆虫の色彩には、色素による色素色、皮膚の物理的な特徴によって発色する構造色、これらの混合した結合色の3つがあります。
 色素のプテリンは、老廃物の尿酸から誘導された色素で、モンシロチョウの白色やキチョウの黄色を現し、合理的な廃物利用と言えましょう。メラニンはアミノ酸に由来し、チョウの翅(はね)では黒や褐色の部分に存在します。さらに、ゴキブリの黒褐色もメラニンに基くものであり、太古の森林で保護色として有効なだけでなく、紫外線から身を守る効果も果たしていました。ゴキブリが3億年このかた、生命(いのち)を受け継いできた要因の1つと思われます。
 構造色は、皮膚の超微細な線条が特定の波長の光のみを反射する干渉や回折によるものです。モルホチョウ、オオムラサキ、オオルリハムシ、ニジイロクワガタ、アカスジキンカメムシ、青蜂(せいぼう)などのきらきら光輝く美しい青、紫、緑、虹色は構造色であり、仲間への信号や外敵からの護身に使われます。また、トリバネアゲハのエメラルドグリーンは、構造色の青と黄色色素の結合色です。
 化石昆虫では、色素の大部分は分解を受け消えています。ところが、構造色を発する線条構造は消失せずに残って、太古のまま保存されます。青藍色(せいらんしょく)に輝く甲虫や蜂などの化石が、最近話題になっています。
(2011年1月号掲載)

飢餓に耐える昆虫

 活動期の昆虫は飢えに弱く、2、3日間食物を摂らないと死んでしまうのが普通です。しかし、ゴキブリは飲まず食わずでもかなりの日数を生き抜く生命力の強さを持っており、チャバネゴキブリはオスが7日間、メスが10日間生存します。大型種のワモンゴキブリやクロゴキブリの場合、オスが30日間、メスが40日間の飢餓に耐えます。水を与えると生存期間はさらに延び、チャバネゴキブリのオスは20日間、メスが30日間、大型種のワモンゴキブリはオスが45日間、メスは90日間も生きています。ゴキブリが飢え死にしにくい理由は何でしょう。
 ゴキブリには腹部などの内臓と体壁の間に、白くて柔らかい「脂肪体」という組織があり、その主な機能は脂肪、グリコーゲン、タンパク質の貯蔵です。脂肪体に蓄えたこれらの栄養物を、生きるエネルギー源として利用するのです。メスがオスより飢餓に強いのは、オスに比べて脂肪体の量が多いためです。脂肪体はグリコーゲンなどの貯蔵だけでなく、代謝※ の機能も持っています。ゴキブリの脂肪体にはマイセトサイトという名の細胞が含まれており、共生バクテリアとともに各種アミノ酸を生合成し、老廃物の尿酸を分解する役目も果たしています。
 休眠中の昆虫は飢餓に陥りません。冬眠や夏眠は、生理的な深い眠りだからです。
(2012年1月号掲載)

※ 新しいものと古いものの交換

ワタリバッタの飛翔力

 トノサマバッタが集団で大移動する飛蝗(ひこう)は、黒雲のような大群で空を飛び、地上に舞い降りて植物を食べ尽くすことで恐れられています。ワタリバッタまたはトビバッタの飛蝗は近年、アフリカなどでの猛威が報道されて注目を集めています。日本でも明治時代に北海道で飛蝗が現われ、1986年には南九州の馬毛島(まげしま)に大発生した飛蝗が種子島に移動しました。
 トノサマバッタの幼虫は、過密状態で育つと翅の長い黒っぽいワタリバッタに変身します。この群集相のバッタは、普通の密度で成長した孤独相のものより行動も活発になって大移動を起こします。群集相のワタリバッタが出現するしくみには、フェロモンが大きく影響しています。幼虫の糞には揮発性の強いロカストールというフェノール類のフェロモンが含まれており、高密度の場合には糞から放出されるロカストールの空中濃度が高くなり、幼虫の気門(きもん)(体の側面にある呼吸口)から体液中に取り込まれてワタリバッタへの変身を起こすことがわかりました。
 大群で飛ぶサバクトビバッタは9時間の連続飛行をし、アフリカから一気に大西洋を横断します。渡り鳥顔負けです。
 しかし、生命力の強い飛蝗にも泣き所があります。エントモファガ・グリリイというカビが繁殖して馬毛島のワタリバッタを鎮圧したのです。
(2012年1月号掲載)

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