イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

食品衛生に取り組むあなたへ(5)

リテールHACCP研究所 山森純子

避けたほうがよい食べものへの対応

 「河豚(ふぐ)は食いたし命は惜しし」という諺(ことわざ)があります。これは危険を伴うことがわかっていながらも、欲望に抗(あらが)うことはなかなか難しいということを表しています。
 美食の目的で、「鶏わさ」のような加熱不足の鶏肉を安易に食することは、万人が避けるべき危険な行為であることが繰り返しいわれています。鶏肉などが原因食品となるカンピロバクター食中毒は、全身麻痺の後遺症が残ることもある恐ろしい食中毒です。
 このように、一部で食文化として存在していながらもできるだけ避けたほうがよい食べものを勧められた場合、勧める人との関係性も考えたうえで、食品衛生に取り組む私たちはどのように対応すればよいのでしょうか。
 断る方法のひとつは、まずは自分を主語にして「私は(この食品は)食べないことにしています」とだけ簡潔に伝えることです。最初から、「これは絶対に食べてはいけない危険なものです!」と主張するよりも角が立たずに伝えられるでしょう。
 さらに、相手も含めて提案するのなら、「私はあなたの健康をとても大切に思っているので、別のものを注文しませんか」と伝える方法もあります。
(2022年5月号掲載)

認知的倹約家

 飲食店などで発生してしまう化学物質による食中毒のひとつに、「食用油だと思って使ったものが洗剤だった」という、「食品と薬剤の取り間違いによる事故」があります。また家庭での調理でも、同じような事故が起きてしまう可能性があります。
 そのようなときは、「その人がうっかりしていたから」というように個人の責任で終わらせるのではなく、万人に有効な対策を考えることが重要です。そのためのポイントになるのが、「認知的倹約家」という概念です。
 これは、心理学者のフィスクとテイラーが提唱したもので、「人間は、関心や興味があること以外については、できる限り少ない労力で認識したり、判断を下したりしようとする特性を持っている」というものです。
 たとえば、「食用油を手に取って、鍋に一定量を注ぐ」という動作をしたいとき、すぐ隣に洗剤が並んでいてそれらの容器の種類も似ていた場合、「今、何を手に取っているのか」という認知が抜け落ちてしまったら、事故に直結してしまいます。
 このような人間の特性を考えると、忙しい現場において「食品と薬剤はひとまとまりにせず、保管位置を分ける」というルールが、いかに大切であるかがご理解いただけると思います。
(2022年6月号掲載)

中心ルートと周辺ルート

 人間が他者の言葉や行動などに影響を受け、気持ちが動くまでのプロセスには、論理的に伝える「中心ルート」と感情に訴えかける「周辺ルート」というふたつの異なるルートが存在するという説があります。
 この考え方は、事業者側に過失がある可能性が高い場合の「お客様へのご報告」においても示唆に富むものです。
 「中心ルート」による認識や判断を重視するお客様に対して力を発揮するためには、調査や報告の内容が科学的に正確で、論理立てた説明になっていることが重要です。しかしながらこの場合、お客様側にもある程度は意識的に情報を受け取っていただき、不明なことがあれば質問したり自分なりに調べたりする労力が必要になることもあります。食生活を妨げられた何らかのハプニングに対して、お客様が「そこまでの労力を費やすことは嫌だ」とお考えになられたとしても、一概に批判することは難しいでしょう。
 それに対して「周辺ルート」での認識は、本質的な内容の吟味よりも事業者側のお詫びの姿勢が伝わってくるかどうかなど、感情的で情緒的な表現に重きが置かれます。
 実際にはどちらか単独ではなく、両方が相互に影響を与え合って最終的な感情形成に達するものでしょう。両輪での対応が、必要不可欠です。
(2022年7月号掲載)

食品衛生の「松竹梅」

 「松竹梅」は、めでたい祝いごとを表すシンボルです。また、松を最上級として、竹、梅の順に等級を表す用語としても使われています。
 この「等級」という概念は、食品衛生においてもなんらかのルールを定めたり、意思決定をしたりするときの助けになります。
 たとえば食物アレルギーに関する表示でいえば、「梅」は、法令により表示義務のある特定原材料7品目(乳・小麦など)の表示を間違いなく行うことです。次のレベルの「竹」は、アレルギー表示義務のある7品目に加えて、あわびやいくらなどの推奨21品目も表示する取組みです。最上級の「松」の一例は、義務・推奨合計28品目を表示するだけではなく、製造ラインにおいてコンタミネーション(原材料として使用していないにもかかわらず、製造過程でアレルギー物質が微量混入すること)が発生していないかどうかを定期的に確認するなど、いっそうの品質向上のために自主的な基準をつくることです。
 「梅」は必ず実施しなければなりませんが、それよりも上のレベルを背伸びして実行することが必ずしも得策とは限りません。まずは自分たちのリソースはどれくらいか、また周囲がどのレベルでどのように取り組んでいるかについて情報を集めるなど、無理せずに持続可能な段階から取り組んでいくことをお勧めします。
(2022年8月号掲載)

「あと5分」の分かれ道

 就業時間終了まであと5分。その時、皆さんはどんなことを考えていますか。
 私がある工場の管理監督者の方から教えてもらった、忘れられないエピソードです。その方は、「私の工場には素晴らしいパートさんがいます」と誇らしそうな様子で話してくれました。
 その工場では、現場のメンバーで少人数グループを編成して、自分たちの仕事を自ら改善する小集団活動を行っていました。活動の時間は、休憩に入る前や勤務を終了する前の短い時間だけなのにもかかわらず、とても素晴らしい成果を上げているので、ある時、社外で成果を発表する機会に恵まれたそうです。
 その社外発表は、もちろん多くの賞賛を集めました。そしてその時、「短い活動時間で、どうしてこんなに素晴らしい活動ができるのですか」という質問を受けたそうです。
 そのパートさんは、少し考えて、「『あと5分しかない』と思うか、『あと5分もある』と思うかで、その時間はまったく違うものになるのです」と真っすぐに答えたそうです。
 残りあと5分。皆さんでしたら、どんな気持ちで、どんなことに取り組みますか。
(2022年9月号掲載)

現場での「良い調整」

 エリック・ホルナゲルらは、「頭の中で考えた業務(work–as–imagined)」と「実際の業務(work–as–done)」の間には必ず隔たりがあり、その合間を埋めるのが「調整(adjustment)」であると唱えました。
 いわゆる「管理部門」だけで「頭の中で考えた業務」を基に作り上げたマニュアル、そのすべてに問題があるとは一概にいえません。しかし実際のところ、現場で数多くの人による「調整」が加わっているからこそ、毎日の業務が上手くいっているということは往々にしてあるかもしれません。
 自己判断だけで作業手順を簡略化・短縮化することは思わぬ危険を招くため、やってはいけないことです。しかし、ここでの「調整」とは、そのような悪い意味ではありません。
 たとえば、不慣れな人が初めて作業をする場合に、「まずは急がずにやってみてください」と一言添える、その日のメンバーの背格好などを考慮して、より作業がしやすくなるようにレイアウトを微調整するなどの心くばりや工夫のことを指しています。
 食品衛生に関わる現場でも、たくさんの良い調整が行われているはずです。それらを「人間ならではのスキル」として賞賛し、大切にしていきたいものです。
(2022年10月号掲載)

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