イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

今こそ知っておきたい「GAP」

特定非営利活動法人GAP総合研究所 専務理事 武田泰明

農産物の安全管理

 GAPという言葉を聞いたことがあるでしょうか。GAPとはGood Agricultural Practice の頭文字をとったもので、日本語に訳すと「良い農業のやり方」となります。一般的には、GAPは冊子の形になっており、食品安全や環境保全や労働安全を守りながら農産物を生産するために”最低限押さえるべき農作業・管理のポイント“がまとめられています。2007年ごろから本格的に日本の農業現場でも普及が始まり、自らの農場管理を体系的に見直すための道具として、全国の農業者が利用し始めています。
 安全で持続可能な農産物を求める点から、ロンドンオリンピック・パラリンピックの選手村で使用する食材の調達基準でも、英国のGAP認証制度であるレッドトラクター認証が義務化されました。東京五輪組織委員会も、東京オリンピック・パラリンピックの食材調達基準としてGAP認証を求める案を出しており、話題になっています。
 大手小売業や食品メーカー・飲料メーカーが、GAPの導入を産地に求めるケースも増えてきました。農産物のバイヤーの多くは、農産物の安全は目で見て確認できるものではないために、産地でしっかり管理してほしいと考えています。このため、GAPが導入された産地は「信頼できる産地」として優先的に取引きを求める流れができつつあります。
(2017年3月号掲載)

農作業の安全管理

 一般的にはあまりイメージされていないかもしれませんが、労働安全の面からいうと、農業は危険業種のひとつです。たとえば、平成25年に農作業中に死亡した方は350名います。同じ年の建設業では、作業中の死亡者数が342名でした。全体の従事者が農業よりも建設業の方が約2倍であることを考えると、農作業中の死亡事故がいかに多いかがわかると思います。主な原因としては、乗用型トラクターをはじめとする農業機械作業による事故が多く、圃場(ほじょう)※ ・道路からの転落や、稲わら焼却中のやけど、熱中症なども上位となっています。
 このため、農林水産省をはじめ農業界では、農作業中の死亡事故を防ごうとさまざまな取り組みを始めており、「GAP(Good Agricultural Practice)」もそのひとつです。GAPは農産物の食品安全を確保するための手法として広く知られるようになってきていますが、同時に農作業の労働安全を高めるための手法としても注目されています。
 たとえば、日本で最も普及しているGAPのひとつである「JGAP」では、農場内に労働安全の責任者を1人置き、その責任者を中心に農場内の危険な場所の洗い出しや危険な農作業のリスク分析をすることを求めています。JGAPではその上で、事故を防ぐためのルール作りや明示、従業員への教育を行っていくことも同様に求めています。
(2017年5月号掲載)

※ 農作物を育てる田畑

農業と環境保全

 一般的には逆のイメージかもしれませんが、農業は環境破壊を引き起こしやすい産業です。たとえば、畑を造成するために山野を切り開くことで自然が破壊され、降雨による表土・土壌流出を引き起こし、それらの結果として、農業が生物多様性を棄損することもあります。
 畑に過剰投入された肥料は、その主要成分である硝酸態(しょうさんたい)窒素が雨とともに地下水に流れ込み、飲用として使えない井戸が全国的に発生しています。家畜糞尿を含む有機肥料も地下水を汚染する大きな原因です。春に頻繁に見られることですが、田んぼに投入された肥料成分や農薬が農業用の排水路を通じて河川や湖沼を汚染することがあり、これが富栄養化やアオコの発生などを引き起こし、魚が大量に死んだりします。
 環境に配慮した農業を行うために、農林水産省をはじめ農業界でさまざまな取り組みが行われており、GAP※ もそのひとつです。GAPは農産物の食品安全を確保するための手法として知られていますが、同時に環境に優しい農業を実行するための手法としても注目されています。
 たとえば日本で最も普及しているGAPのひとつであるJGAPでは、化学農薬以外の防除方法の導入や使用する肥料を減らす努力が要求され、田んぼの止水や生物多様性への配慮も求められています。JGAPの導入を通して、農家は環境に配慮した農業に取り組んでいます。
(2017年7月号掲載)

※ Good Agricultural Practice の略

農薬と食品安全 

 農産物は食品であり、食品衛生法の対象です。この重要な点について、農家をはじめ農業界のほとんどの人が知らないというのは、まず問題であると思います。食品衛生法に基づいて保健所による収去※ で検査され、残留農薬基準違反が見つかり、商品回収などに至ることになって初めて食品衛生法という法律の存在を知るのが一般的です。
 日本の農薬は、農薬取締法による厳しい管理のもと、さまざまな実地試験を経て登録が行われています。このため、農家が適切に使用している限り、食品衛生法の残留農薬基準を超えることは考えにくいものです。実際に最近発生した残留農薬基準違反の統計を分析すると、違反原因の第1位は農薬のドリフトです。ドリフトとは、風などによって隣の畑で散布している農薬が飛んできて作物にかかり、残留農薬基準違反を起こすことです。畑によって作物や収穫時期が異なるため、隣で散布している農薬がドリフトしてかかると、違反が起きやすいのです。そのほか、上位の原因としては、無登録農薬の使用、使用回数と時期の誤り、農薬散布機の不洗浄・洗浄不足があります。すべて農家の不適切な農薬使用です。
 日本で最も普及しているGAPのひとつであるJGAPでは、このような原因分析に基づいた管理点が定められています。JGAPの導入を通して、農家は農薬の適切な使用に取り組んでいます。
(2017年9月号掲載)

※ 一定の場所から必要なものを採取すること

農業の生産性向上のために

 GAP(Good Agricultural Practice) は、東京オリンピック・パラリンピックの選手村の食材調達基準になったことから、農産物の食品安全を確保するための手法として広く知られるようになりつつありますが、同時に農業の生産性を高めるための手法としても関心を集めています。
 2012年に農林水産省の研究機関である農研機構※1 が調査した結果によれば、JGAP※2 認証農場の37%が、JGAP導入後に生産コストが下がりました。内訳としては、農薬・肥料の使用量減少や作業時間の短縮が挙げられています。それ以外にも、45%のJGAP認証農場で品質(等級・規格)が向上しており、30%の農場で単位面積当たりの収量が上がっています。また、JGAP導入後に70%の農場が従業員の自主性が高まったと回答しており、モチベーション向上にまでJGAPが影響しているのは注目すべきことです。
 GAPを農場に導入する効果のひとつとして、このような農業の生産性向上があるのです。GAPの基準には、責任者を決めることや、計画を立てること、作業の記録を取り次作に活かす項目が含まれています。計画と実績を比較していく中で、従業員の意識が高まり、農場の効率化が現場で自発的に行われるようになります。
(2017年11月号掲載)

※1 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
※2 Japan Good Agricultural Practice の略

農業分野の人権問題

 今、日本では、農業従事者が激減しています。農林水産省によると、基幹的農業従事者※ 数は2010年に205万人いましたが、2017年では150万人となっています。代替労働力として外国人技能実習生を使う農家も増えています。外国人技能実習生は最長3年間の日本滞在ができますが、実質的には単純労働者であり、農業分野だけで2万人以上います。この実習生の扱いに人権的な問題があると国連や米国等から批判を受けています。
 たとえば、2014年に日本弁護士連合会が長野県川上村の農業団体に対して行った勧告によると、調査対象となった実習生は、毎日深夜2時から夕方6時まで野菜の出荷をして、休日もなく、過酷な労働に従事させられていました。賃金は長野県の最低賃金レベルですが、実習生には毎月1万円の現金だけ渡され、残りは実習生の通帳に振込みとなっていますが、通帳自体は帰国まで渡されない制度でした。畳に水が染みた6畳一間に2人、窓ガラスが割れた廃屋のような寮に住み、寮費は3万円を取られていました。
 川上村の事例ほどではありませんが、外国人の方々が、日本人ではあり得ないような扱いを受けているケースは多く、人権・福祉もカバーされたJGAPのような、高度なGAPの導入が待たれます。
(2018年3月号掲載)

※ 主として農業に従事した農業就業人口のうち、調査期日前1年間の通常の状態が「仕事に従事していた人」のこと

  • 全て
  • 感染症
  • 健康
  • いきもの
  • 食品
  • 暮らし