イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

素晴らしき生きものたち(1)

富山市ファミリーパーク 名誉園長/元日本動物園水族館協会 会長 山本茂行

爺ちゃん犬と乙女犬

 初めまして。これから、私が出会った「素晴らしき生きものたち」を連載で紹介します。初回は、今一番私とのつながりが深い我が家の犬たちです。
 爺ちゃん犬は、雑種の日本犬「モシリ」。今年2月に18歳になった超高齢犬です。我が家の6匹目の犬で、生後2か月からずっと一緒に暮らしています。さすがに足が弱り、腰も落ちてたどたどしい歩みですが、ゆっくり散歩が日に3回、食欲も旺盛で元気です。でも数年前には夏の暑さや冬の冷え込みで、もうだめかと思ったことが数回ありました。それが感じられなくなったのは、3年前のことでした。
 77日齢のメスのアイヌ犬「まりも」が、新たに家族に加わったのです。モシリは変わりました。まりもが庭に出たり、部屋に戻ったりすると、その鼻先まで接近して「わん、わん」と鳴き、散歩中はまりもを目で追っています。自分の体力を知っているのでしょう。それ以上の関わりはしません。優しく孫を見守る爺さんのようです。
 それからです。モシリに張りがでました。生きる力が強くなりました。それを引き出したのは、まりもです。私やかみさんにはできない役を担ってくれているのです。犬は人の世界に入り込んできた社会性の強い生きものですが、人にはできない犬同士のつながりに感じ入っています。
(2022年7月号掲載)

在来メダカの保全

 我が家には、富山在来のメダカが数百匹います。富山市呉羽(くれは)丘陵にはわずかながらメダカが生息しており、その子孫たちです。北日本集団に属し、「県準絶滅危惧種」、「環境省絶滅危惧Ⅱ類」に指定されています。
 このメダカたちは、富山市ファミリーパークで保全されてきました。7年前、私は28匹のメダカを我が家に移し、飼育繁殖を始めました。危険分散のためです。それが今、数百匹の群れに育っているのです。
 立夏の時期になると水槽や池を掃除し、水替えして繁殖の準備をします。200ℓの水槽4つが繁殖個体用で今も27匹が健在です。卵が産まれると、産卵床を100ℓの孵化(ふか)稚魚用水槽に移します。300ℓと700ℓのアクリル水槽、常時井戸水かけ流しの2つの小さい池と3つのスイレン鉢は保全個体用です。
 繁殖用と孵化稚魚用水槽はメダカ専用ですが、ほかはそれぞれに特徴があります。300ℓ水槽には50匹ほどのメダカ。なんと7年間も生存している大ドジョウとの共存です。700ℓ水槽はコウホネやミズアオイなど、水草と共に数百匹が暮らす大所帯です。池は野生のカエルやイモリ、時にはサワガニ、サンショウウオが住みつきます。ヘビもやってきます。池は自然の餌も豊富です。でも時々、メダカも食われる側となります。どの暮らしがいいのか、メダカに聞いてみたいものです。
(2022年9月号掲載)

我が家の前が「鮭の産卵地」

 我が家は富山湾の河口から20kmほどの中流域にあり、家の前を幅5mほどの岸渡(がんど)川が流れています。晩秋になると、鮭が遡上(そじょう)して我が家の前で産卵するのです。岸渡川はここから4km下流で小矢部(おやべ)川に合流します。本流の小矢部川は、越中国守として赴任した大伴家持(おおとものやかもち)が『万葉集』によく取り上げた川。この小矢部川には、昔から鮭が遡上していました。一時期めっきり減りましたが、少しずつ戻ってきました。10年ぐらい前でしょうか、驚くことに支流の岸渡川を遡り、我が家の前で数匹の産卵を確認しました。それから毎年、鮭が遡上するようになりました。
 岸渡川は湧水が出る川で、産卵に適した砂利の川床が随所にあります。水深は30cmぐらいなので、居ながらにして産卵光景が見られるのです。家の前には、鮭たちのお気に入りの産卵場所が数か所あります。メスは川底を掘り産卵床を作るのに、オスはほかのオスを追い払うのに大忙し。昨年は、30匹ほどを見ることができました。晩秋は川を覗きこむのが朝の日課で、「今日は〇匹見たよ」がご近所との会話となります。
 近年、夏の終わりに水害が起きそうな豪雨がよく降ります。岸渡川は藻が多く生え、川床環境も複雑に変わる川ですが、大雨による濁流が藻を流し、川床面を均一な砂利で平らにならします。これが鮭の産卵に、実に具合がいいようです。毎年多くの鮭が戻ってきてほしいものです。
(2023年1月号掲載)

けもの道

 私の散歩コースは、近くの川の堤防と河川敷です。愛犬まりもと一緒に、毎日6km歩きます。橋を巡りながら両岸を歩くので2~10kmに拡大・縮小することも可能です。このコース、堤防を挟んで田園と河川敷が連なり、立山連峰を眺望できるのが昔からの変わらぬ風景です。
 変わったこともあります。堤防を横切るけもの道が増えたことです。人の通り道かと思うほどの立派なけもの道が随所にあります。昔は、ウサギとイタチしかいない河原でした。今はウサギの姿は消え、タヌキ、キツネ、ハクビシン、イタチ、テンが定住しています。
 私は30代の頃から20年間、野生タヌキの調査をしていました。なわばりを持たないタヌキの生き方に、興味を持ったからです。毎夕、動物園の仕事を終えるとフィールドに出かけ、彼らの足跡を追い、行動を記録しました。北陸に生息する陸生哺乳類の足跡や生態も調べました。そのため、けものが歩いた跡は、今でもすぐにわかります。
 面白いことに、タヌキもキツネも種を越えて同じ道を使います。また、道は世代を超えて引き継がれます。だからメインルートは立派になっていくのです。タヌキの平均寿命は数年ですが、昔のフィールドに行ってみると、20年前のタヌキ道は今でも受け継がれていました。雪が積もれば、けもの道の全貌が浮かび上がります。それも楽しみのひとつです。
(2023年3月号掲載)

「里山の変化」の予兆

 残雪が気づかせてくれることがあります。山の伐採も、そのひとつ。地肌の雪が遠くからでも見えるようになり、森の消失を知ります。近年、うっそうとしていた里山の竹林やスギ林、二次林の伐採が各地で進み、急増した野生動物の対策や、放置森林管理のための伐採・造林が行われているのです。その結果、放置され暗かった森が明るくなり、所々の林床に陽が差しこんで、里山にパッチ状※ の草地ができつつあります。
 草地や明るい森の拡大は里地でのクマの出没が減る反面、激減したノウサギ復活の兆しが聞こえてきます。林縁の草地は、ノウサギの最適な餌場だからです。ノウサギだけではなく、菌類、植物、土壌生物、昆虫類、ネズミ類、それを食べるヘビやフクロウ、猛禽、キツネ、イノシシ、シカなどすべての生きものに影響を与えるでしょう。
 繁殖力が強いノウサギの増加は、林業被害をもたらします。増えてからの対策は大変です。日本の鳥獣対策は、増えて害を及ぼすに至った個別種を選択的に駆除するやり方に終始し、常に後手に回ってきました。
 ノウサギ復活の兆しは、里山の命の網の目が変わる兆しともいえます。被害が出てから腰をあげる個別種への対症療法を卒業し、腰を据えた生態網全体の動態把握(モニタリング)と科学的管理をする社会にすべきです。それが、人と国土の多様性を守る根本だと思うからです。
(2023年5月号掲載)

※ パッチワークの布のように、複数のものが混ざりあっている状態

  • 全て
  • 感染症
  • 健康
  • いきもの
  • 食品
  • 暮らし