イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

合っていますか?その日本語(3)

文化庁国語課 国語調査官(執筆当時) 武田康宏

「お持ちしますか」で、持つのは誰?

 スーパーなどで、「お箸をお付けしますか」と聞かれることがあります。「付ける」のは店員自身なのだから「お付けする」というのは誤りだという意見がありますが、そんなことはありません。自分の行為に「お」や「御」を付ける「お(御)~する」(「お届けする」、「御案内する」など)は、適切な謙譲語の表現です。
 大きな品物を買った客に、店員が「お持ちしますか?」と声を掛ける場合も同様です。「店の者が運びましょうか」という意味で言っている謙譲の表現なのですが、客の中には、自分に対する尊敬語と勘違いして「自分で持っていくのか」と聞かれたと思う人もいるようです。逆に、店員が客に対して「あなたが自ら持っていきますか」と尋ねるつもりで、「お持ちしますか?」と言ってしまう場合もあります。この場合、客が本来の用法を理解していたら、「ああ、運んでくれるんだな」と思って聞くでしょう。こうなると、事態は複雑になります。
 「お」や「御」は、相手の行為だけにしか使えないわけではありません。自分の行為に「お(御)~する」の形で使えば相手を立てる謙譲語になります。一方、相手の行為に付けて尊敬語にするには「お(御)~になる」(「お届けになる」、「御案内になる」など)という語形を使います。不要な勘違いが起こらないように注意しましょう。
(2018年2月号掲載)

相手への配慮が生む「誤解」

 いろいろな人が出入りする建物のトイレなどに、「いつもきれいにお使いくださり、ありがとうございます」という貼り紙を見ることがあります。おわかりのとおり、これは「トイレはきれいに使ってください」ということを遠回しに言おうとしたメッセージです。
 しかし、中には「このトイレを使うのは初めてなのに、なんで礼を言われるのだろう」と思う人がいるかもしれません。言葉は、いろいろな含みを持って使われるものです。しかし、それに気づいてもらえなければ、言いたいことは伝わりません。
 たとえば、何かに誘われたときに、断るつもりで「ちょっと考えておくね」、「その週は忙しいんだよね……」などと言うことがあります。しかし、こうした言い方は、相手が自分の本心を読み取ってくれるだろうという前提に立つもので、誤解を招きかねません。同様に、何かを依頼する際、「お時間のあるときに」などと言うと、忙しい人は「時間がなければやらなくてもいいんだな」と思うかもしれません。
 物事を遠回しに、あるいは遠慮して言うことは、相手に対する配慮であり、人間関係を維持する上で大切な工夫のひとつでもあります。ただし、そうした言い方を選ぶときには、本当に伝えたいことが伝わるのかどうか、よく見極めることが必要です。
(2018年4月号掲載)

「頂いてください」はいつでも誤りか

 テレビのグルメ番組で、有名シェフの新作料理が紹介されています。司会者が調理の様子を案内する間、テーブルでは、ゲストのタレントが料理をレポートするために待っています。いよいよ美しく盛り付けられた皿がタレントの前に運ばれてきました。司会者が言います。「それではどうぞ、頂いてください!」。
 「頂く」は「食べる」の謙譲語です。料理を食べる人が自分の「食べる」行為を「頂く」と表現することで、料理を振る舞ってくれた人を立てるのです。ですから、料理を出す側が客に対して「頂いてください」と言うのは、多くの場合、適切ではありません。
 では、冒頭の司会者はどうでしょうか。ゲストが番組の客であることに着目すれば、「召し上がってください」と言うのが無難でしょう。しかし、この場合には、司会者はよく考えて言葉を選んでいるのかもしれません。番組の主役はシェフです。司会者はゲストを自分と同じ側にいるものとみなし、あえて「頂く」を使ってシェフを立てていると考えられます。そうであれば、適切な表現と言えるでしょう。
 敬語に、いつでも適用するような型はありません。状況に応じて適切な言い方が変わります。相手や場面、前後の文脈などによって、その都度の判断が必要になることを覚えておきましょう。
(2018年6月号掲載)

専門用語を使っていませんか

 先日、ショッピングモールを歩いていると「頻度品セール」という表示が目に入ってきました。「頻度品」という見慣れない言葉に興味をひかれて行ってみると、洗剤やタオル、下着など、日常でよく使う品物が並んでいます。「購買頻度の高い商品」という意味のようでした。
 その後、大きな辞書でも調べてみましたが、「頻度品」は取り上げられていませんでした。どうやらこの言葉は、小売業界で用いられる専門用語のようです。普段使っている業界の用語が社内でごく当たり前になっているため、そのまま客に対しても掲げたのでしょうか。
 専門家や同じ業種の人たちの間であれば、専門用語をそのまま用いたほうが、手っ取り早く正確に情報交換ができます。しかし、一般の人や外部の人に向けて、広く情報を発信する際には、日常的な言葉に置き換えないと適切に理解してもらえないおそれがあります。
 「頻度品」くらいであれば、目くじらを立てることもないでしょう。しかし、健康や財産に関わるような、医療、衛生、経済、法律などの用語については、誤解を招いたり、情報から置いていかれる人を作ったりするわけにはいきません。一般の人に向けてどうしても専門用語を使う必要がある場合には、丁寧に説明したり、注釈を付けたりするなどして、専門知識のない人にも理解できるよう工夫しましょう。
(2018年8月号掲載)

「受け付け」と「受付」

 少し前に、ネット上で「受け付け」と「受付」の使い分けが話題になりました。ふだんは気にならないかもしれませんが、実は、このような微妙な書き分けが行われている場合があります。
 日本語には、絶対的に正しい書き方がありません。その代わりに、人々が情報交換に困らないよう、緩やかな表記のルールが定められています。そのうち、漢字の送り仮名について定めたのが「送り仮名の付け方」(昭和48年内閣告示第2号)です。
 戦前まで、送り仮名の付け方はかなりバラバラでした。たとえば、今、「かんがえる」という動詞は、「考える」と書き、学校でもそのように習います。しかし、尾崎紅葉の『金色夜叉』(明治30年)には「考れば考るほど」といった書き方が見つかります。これも読み間違えるおそれがないため誤りとは言えないものの、多くの人が迷うことのないように、「送り仮名の付け方」によって統一を図ったのです。
 なお、「うけつけ」は、「応募を受け付けました」のように動詞として使う場合には送り仮名をつけて使い、「会社の受付」のように名詞として使うときには、慣用が固定しているとして、送り仮名を付けないことになっています。また、ほかの言葉と結び付く場合にも、法律や公用文では「受付業務」といったように、送り仮名を省いて使います。
(2018年10月号掲載)

「天地無用」

 12月は、宅配便業界が忙しくなる月です。届いた荷物に「天地無用」の表示を見たことはありませんか。これは「上下を逆にしてはならない」という注意です。この言葉の意味を知らない人が増えています。
 「天地無用」の「無用」には、「してはならない」という意味があります。かつては「立入無用」、「落書き無用」といった注意書きがよく使われていました。しかし、現在は「立入禁止」のように「禁止」を使ったり、「~しないでください」、「~は御遠慮ください」などと丁寧に言ったりすることが多くなっています。「無用」に、「してはならない」という意味があること自体、わかりにくくなっているおそれがあります。
 また、「天地してはならない」では、意味が通じません。「天地無用」は、「天地を逆にすること無用」、「天地を入れ替えること無用」を省略した言い方になっているのです。「無用」には「いらない」という意味もありますから、省略がわからないと、「天地はいらない=上下は気にしなくていい」と、本来の意味とはまったく反対に解釈されかねません。
 最近では、「天地無用」に代えてイラストを使ったり、「この面を上に」などと表示したりといった方法がとられています。長く使われてきた言葉はぜひ残していきたいですが、相手にしっかりと伝わらなくなっているのだとしたら、別の工夫が必要になるかもしれません。
(2018年12月号掲載)

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