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COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

身近な生物毒素

熊本保健科学大学 生物毒素・抗毒素共同研究講座 特命教授 髙橋元秀

ボツリヌス毒素

 ボツリヌス毒素はバイオテロに用いられるおそれがあり、国家危機管理の枠組みとして国際的に注意喚起がなされる対象物のひとつです。国内ではオウム真理教がボツリヌス菌の空中噴霧を企てた事例もあり、社会・生命を脅かす非常に危険な毒素です。
 ボツリヌス菌を培養したあとに得られる毒素を高純度に精製すると、マウス1匹を数十pg(ピコグラム※ )で死亡させます。身近なもので表現した場合、20gのマウスを象くらい大きくしたとしても、およそノミの重量のボツリヌス毒素があれば殺すことができるということになります。これが地球上で最強の生物毒素と言われている理由です。
 一方で、ボツリヌス毒素は、筋肉が異常に緊張する疾患であるジストニアの治療に医薬品として優れた効果を発揮し、また美容医療ではシワ取りなどの治療に広く利用されています。
 医薬品として管理されたボツリヌス精製毒素を美容医療の現場で使用する理由は、毒素の働きにより緊張している筋肉の活動を停止(弛緩性麻痺)させるためです。シワ周辺の筋肉は常に引きつっている状態なので、この緊張が和らぐことで、シワが消えるという現象が起きます。顔面の筋肉にボツリヌス毒素を注射すると、同様に筋肉が活動を停止した結果、使わない筋肉は細くなるために小顔になるようです。
(2024年2月号掲載)

※ g(グラム)の1/1000がmg(ミリグラム)、以後1/1000小さくなるとμg(マイクログラム)、ng(ナノグラム)、pgとなる

ジフテリア

 日本では乳幼児期の定期予防接種が普及しており、ジフテリアトキソイドを含む4種混合ワクチン(ジフテリア/破傷風/百日咳/ポリオ)の効果により、1999年以降、ジフテリア患者の発生は報告されていません。しかし、ワクチン接種が徹底されていないアフリカ、東南アジアではジフテリアが散発的に発生しており、医療現場における予防・治療・診断の充実は公衆衛生上の課題です。
 ジフテリア菌(コリネバクテリウム・ジフテリア)と同属のウルセランス菌(コリネバクテリウム・ウルセランス)は、ジフテリア毒素と同様の毒素を産生し、感染した場合はジフテリアと同じ症状(呼吸困難や麻痺、皮膚潰瘍)が見られます。ここ数年、国内でも治療を必要とする患者が発生、重篤な場合は死亡例も報告されています。患者の生活環境を調査した結果、飼っている犬や猫が同じ菌に感染しており、人と同様に鼻水、咳、皮膚潰瘍などの症状が確認されました。コリネバクテリウム・ウルセランス感染症は、ウルセランス菌が犬猫に感染したのちに人へ感染する人獣共通感染症で、飼い犬・飼い猫の健康管理に注意すれば感染を避けられる病気です。免疫力が落ちている高齢者や関節炎などの治療で免疫抑制剤を投与している方は、感染リスクが高い傾向にありますので特に注意が必要です。
(2024年4月号掲載)

マムシ

 ニホンマムシの学名はGloydius blomhoffiiです。同じマムシ属のヘビは日本以外に中国、韓国、ロシアなどに生息しています。マムシは毒素を、敵から自分の身を守る武器として、また、生きるために獲物を捕る道具として活用しています。ヘビ毒液中には酵素、タンパク質、脂質などの成分が多種多量に含まれていることが分かってきました。構成される成分の違いは、生息する地域の環境により、捕食する獲物の種類や捕食者から身を守るために進化してきたと考えられています。
 健康な大人が咬まれた場合に重症化することはまれのようですが、子どもが咬まれると出血、浮腫、血圧降下、急性腎不全などの症状が強く観察されます。一方、獲物を食べやすくするために、血管壁細胞の破壊作用による出血で運動機能を阻害する成分、運動筋を麻痺させて吞み込みやすくする成分、筋肉や血液を分解する働きを持つ酵素などの成分が確認されています。
 患者にはウマに毒素を注射して得られる抗体を精製した抗毒素製剤が使用されてきました。ウマ抗毒素製剤は人にとって異種のタンパクであるため、血清病やアナフィラキシーショックを起こすおそれがあり、医療現場では使用の必要性は重篤性を指標として判断されているようです。近代医学で活用されている人抗体製剤の開発が期待されています。
(2024年6月号掲載)

ヤマカガシ

 ヤマカガシ(学名: Rhabdophis tigrinus)は、山地や水辺に分布し、主にカエルを食べる毒ヘビです。毒ヘビは上あごの奥歯に通常2本の毒牙を持っており、ハブやマムシは咬傷時に牙の中央部(管牙(かんが))から皮下組織内に毒液を注入しますが、ヤマカガシは牙の溝(溝牙(こうが))を通じて流れ出た毒液が皮膚表面から吸収されます。また、ハブやマムシは咬傷直後から疼痛や出血などの症状が認められますが、ヤマカガシは咬傷直後に痛みや出血を観察することは少ないようです。ヤマカガシの奥歯が皮膚に引っかかってぶら下がる事例や、咬まれた皮膚表面にひっかき傷様の軽い傷が残った事例もあります。さらに、ヤマカガシは毒牙につながる毒腺とは別に頸部の毒腺を持っています。野外で犬や人がヤマカガシの頭部を足や棒などで叩いたときに、頸部の毒腺から毒液を拡散し、この毒液が目に入ると結膜などの充血、痛みを引き起こします。
 しかし重要なことは、咬まれたときであり、毒素の影響で血液が固まらなくなり、全身で出血が起こり、重症の場合は死亡する事例も起きています。このような患者を救うために、国は緊急用の抗毒素を研究班で作製して、救命用の医薬品として利用できるようにしています。残念ながら国が製造販売を認めた医薬品ではありませんが、緊急時には最寄りの保健所を経由して利用する仕組みが作られています。
(2024年8月号掲載)

志賀毒素

 本年7月に発行された新千円札の肖像は北里柴三郎です。北里の弟子である志賀潔は、下痢患者の便から赤痢菌を初めて分離し、その菌を志賀赤痢菌(Shigella dysenteriae※1 )と命名しました。この菌が産生する毒素を志賀毒素と呼んでいますが、腸管出血性大腸菌(EHEC※2 )の亜型である「O157」、「O26」、「O111」なども同様な毒素を産生します。これらの菌の毒素は、特に志賀毒素類似毒素としてSLTやStx※3 とともにミドリサル腎臓細胞(Vero細胞)にも障害毒性をもつことから、ベロ毒素(VT1、VT2)とも呼ばれています。
 菌が汚染した食品を食べると、菌は腸内で増殖してベロ毒素を放出します。毒素は腸管上皮細胞・粘膜を損傷し、出血します。さらに血管内側の細胞(内皮細胞)を死滅させるため、腎臓や脳で血栓症による重篤な障害を引き起こします。
 国内外で多くの感染事例がありますが、その原因食品として、牛肉、牛レバー刺、ハンバーグなどの肉製品やサラダ、かいわれ大根・キャベツなどの野菜類、日本そば、ハンバーガーなどが報告されています。このように腸管出血性大腸菌はさまざまな食品や食材から見つかっているので、微生物管理の基本である食材・食品の洗浄や加熱など、衛生的な取扱いが大切です。
(2024年10月号掲載)

※1 1919年の発見者であるShiga博士の語尾に[-ella]をつけるラテン語の細菌属名規則による表記
※2 大腸菌O157などが属する腸管出血性大腸菌はEnterohemorrhagic Escherichia coli(EHEC)と呼ばれており、
  培養した細胞(ミドリサル腎臓細胞:Vero細胞)に感受性を示す
※3 SLTは志賀類似毒素Shiga Like Toxinの略、StxはShiga Toxinの略

ウエルシュ菌

 厚生労働省の食中毒統計調査では馴染みのある「ウエルシュ」という名称が使われていますが、学名はClostridium perfringensです。食中毒を起こす代表的な細菌であるとともに、交通事故や災害、および戦時下兵士の外傷時にガス壊疽(えそ)疾患を起こす細菌です。この細菌を発見した米国の細菌学者であるウィリアム・ヘンリー・ウェルチにちなんで、Bacterium welchiiと命名されました。その後、酸素の存在下では発育ができない偏性嫌気性菌であること、また広く土壌に芽胞として存在する有芽胞菌であるという特徴などから、クロストリジウム属に分類されています。
 創傷・感染部位は菌の発育増殖、侵襲性が極めて速く、抗菌薬や高圧酸素療法の治療が間に合わないため、救命を目的として感染部位の切断除去を必要とする疾病です。また、腸内細菌叢(そう)の一部である本菌が肝膿瘍や敗血症を起こして、菌が産生する毒素(α毒素:ホスホリパーゼC)により強度の溶血や細胞障害で死に至る報告があります。
 一方、食中毒統計では病因物質の細菌部門の患者数はカンピロバクターの約2000人に続き、ウエルシュ菌は第2位となっています(令和5年)。土壌由来の菌であり、食材の衛生管理と加熱後の食品の温度管理に心がけましょう。
(2024年12月号掲載)

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