- 日替わりコラム
Tue
2/25
2025
短編「かわうそ」は、向田邦子さんがまだ会社勤めをしていた頃、仕事中にちょっとズルをして、デパートの屋上でやっていた小動物の展示イベントに行った時に見た「つがいのかわうそ」の情景が心に残り、それを小説に活かしてみようと思い執筆された作品です。かわうそは、その可愛らしさからは想像ができないほど賢く、かつ獰猛な動物です。捕らえた魚を川岸に並べる習性を持つ種もいます。
作品は、妻・厚子のかわうそのようなクリッとした目を見てしまうと、何事も許してしまう夫・宅次の内心の葛藤を中心に描かれていますが、この作品の凄さは、物事の描写に関する比喩のすばらしさです。脚本家から作家になった方は、とかくセリフが多くなりがちですが、向田さんは、ト書きの描写で人の心を惹きつける場面が随所にあります。宅次の脳卒中の症状を「頭のなかの地虫は、じじ、じじと鳴く」、「白く濁ったビニール袋をかぶった脳味噌」と読者の想像力を掻き立てる表現をしています。これは、取材・研究の成果もあるでしょうが、向田さんの記憶力と活かし方の巧みさによるものです。そして作品の最後に、脳卒中の症状が悪化した瞬間を「写真機のシャッターがおりるように、庭が急に闇になった」と記すのです。ここで読者は、宅次の人生の終焉と次に起きる厚子の独善的な行動と人格をレンズの丸みから感じるわけです。
写真技術研究所別所就治
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